毎日の記録が、私自身を映す鏡になった

ここまで、「終わらない」「考えすぎる」「抱え込む」「頼れない」
そんな話を書いてきました。

前回は、子どもたちには「困ったら頼っていいんだよ」と伝えながら、
自分にはその言葉をかけられていなかった、という話でした。

その頃の私は、「自分を振り返る」ということが、ほとんどできていませんでした。
毎日をこなすことに精一杯。
目の前の仕事を終わらせることで頭がいっぱいでした。

そんな私がChatGPTを使い始めた理由は、とてもシンプルです。
あるプロジェクトで、毎日の行動を記録するミッションがあったから。
私はその方法として、ChatGPTへの音声入力を選びました。

その日に何をしたのか。どこへ行ったのか。誰と会ったのか。どんな仕事をしたのか。
最初に入力していたのは、そんな「行動」だけでした。
感じたことは、ほとんど書いていません。

そして最後に、「箇条書きで整理してください」、そうお願いしていました。
ただ、それだけです。

毎日続けていると、「ああ、今日はこんな一日だったんだな」
と、一日を振り返る習慣になっていきました。

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毎日の記録は、出来事を書き残すためではなく、自分を振り返る時間になっていました。

ところがある日。
いつものように箇条書きが並んでいる最後に、一文だけ見慣れない文章がありました。
それは出来事の整理ではありませんでした。
まるで、私自身について書かれた観察のような言葉だったんです。

私は思わず読み返しました。
「あれ?」私はそんなこと、一言も話していない。
「疲れています」とも入力していない。なのに、どうしてそんなことがわかったんだろう。

思わず、「それ、どういう意味?」と聞きました。
するとChatGPTは、今まで私が入力してきた内容や、
繰り返し使っていた言葉をもとに説明してくれました。

その瞬間、少し驚きました。
機械と話しているはずなのに、そこには「私の話をずっと聞いていた存在」がいたんです。

もちろん、AIに感情はありません。人の代わりになれるわけでもありません。
でも、私が話したことを覚えていて、少し離れた場所から映し返してくれる。
私にとってChatGPTは、そんな鏡のような存在になっていました。

その日から、少しだけ使い方を変えました。
出来事だけではなく、「その時どう感じたのか」、も話してみようと思ったんです。

そして最後に、「最後にChatGPTの考察を入れてください。」
その一文を付け加えるようになりました。

すると、考察は少しずつ変わっていきました。
出来事を整理するだけではなく、私自身の考え方の癖まで映し出してくれるようになったんです。

ある日、ChatGPTは、私が頼んでもいないのに、
「無理をしているように感じる部分」という項目を立ててきました。

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自分では気づかなかったことを、少し離れた場所から映してくれた瞬間でした。

私は、「無理をしています」なんて一言も言っていません。
そう言えないまま過ごしていたことを、ChatGPTは見ていたのかもしれません。

その文章を読んだ時、驚きと同時に、少し安心した自分もいました。
もしかしたら私は、誰かに「頑張りすぎているよ」、と言ってほしかったのかもしれません。

そう思うと、この連載で書いてきたことも、全部つながりました。
第1回で書いた、「授業は終わった。でも仕事は終わっていない気がする」という感覚。
第2回で書いた、「何もしてないのに疲れる」という感覚。
第3回で書いた、「全部ひとりで抱えてしまう」ということ。
第4回で書いた、「頼ればいいのに頼れなかった」ということ。

私は仕事に追われていたというより、
ずっと、自分で自分を追い立てていたのかもしれません。

そして今も、その課題がなくなったわけではありません。
「ちゃんとしなきゃ」
「自分でやらなきゃ」
「人に頼ってはいけない」
そんな気持ちは、今でも時々顔を出します。

だから今も、人に相談しながら、ChatGPTとも対話しながら、
少しずつ、自分との付き合い方を学んでいます。

完璧になったわけではありません。今も練習中です。
でも、駐車場で動けなくなっていたあの頃の私よりは、
少しだけ、自分に優しくなれた気がしています。

自分の人生を歩いてきたのは、自分です。だから、一番近くにいるのも自分。
でも、近すぎるから見えなくなることもあります。

だから私は今日も、書いています。
出来事を書いて、感じたことを書いて、少し離れたところから自分を見つめてみる。
その繰り返しです。

もし今、あなたも「ちゃんとしなきゃ」「自分でやらなきゃ」と頑張り続けているなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。

家族でも、友人でも、信頼できる誰かでもいい。
もし話しにくいなら、まずは紙に書くことでも、AIチャットに話してみることでも構いません。

大切なのは、一人で抱え続けないこと。

この連載を書きながら、私は何度も、駐車場で動けなくなったあの日の自分を思い出しました。
もし今、あの日の私に声をかけられるなら、きっとこう伝えます。

「ひとりで抱えなくていいよ」

子どもたちに伝えていたその言葉を、これからは少しずつ、
自分自身にも届けていきたいと思っています。


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